2009年06月03日

『ローマ亡き後の地中海世界(下) 』

ローマ亡き後の地中海世界 下コンスタンティノープルを陥落させ,イスラム・トルコはヨーロッパへの攻勢を強める。迎え撃つはヨーロッパは,スペイン・フランスのパワーゲームが熾烈を極め,一枚岩ではない。その行方は?


コンスタンティノープルがマホメッド二世により陥落させられた以降の地中海世界をイスラムの海賊(コルサロ)とそれに対処するためのヴェネチア(ベネチア)海軍や法王庁海軍,聖ヨハネ騎士団の活躍を描いている。さらにヨーロッパはカルロスが率いるスペイン,フランソワ一世率いるフランス,さらにはローマ法王,そしてヴェネツィア共和国など統一的な海賊対処ができずにいる状況にある。ヨーロッパでは主にアンドレア・ドーリアと海賊クルトゴル,赤ひげ,ドラグ−などとの戦いが面白く描かれる。しかし,これは市井の人々には悪夢でしかないのだが。

イスラムトルコの強さは,イスラム教を信奉してさえいれば人種・民族の垣根を越えて活躍の場が与えられる。これは,ローマ帝国が共同体に奉仕すれば,その出生は問題にされない「敗者さえも同化」する政策に似ている面がある。これにより,伝統的に海軍が弱かったイスラムトルコは海賊を必要に応じてリクルートしてトルコ海軍として活用し,普段は政策として西地中海に対する海賊行為を容認していた。まぁ人道的にはどうかと思うが有用な政策ではあるのかも。

海賊による財産の収奪と拉致による奴隷化に対してそれなりに有効な対策をとれていたにもかかわらず,大国のエゴによりプレヴェザの海戦のヨーロッパ側の敗退,スペイン王のアルジェ遠征失敗,ジェルバの虐殺により海賊行為が活発になってしまう。目の前に起こった事象がどう将来に影響するのかを見通せるのは少ないのかもしれない。ガイウス・ユリウス・カエサルが書いたとかいう「どんなに悪い結果に終わったことでも,それがはじめられたそもそもの動機は,善意によるものであった」というのをなんとなく思い出した。

さらに地中海での抗争は,イスラムトルコのマルタ島攻略の失敗とレパントの海戦での敗退からトルコも主に西地中海への歓心をなくし,海賊行為は下火になる。その後,大西洋が歴史の表舞台となる。ヴェネチア(ベネチア)貴族の娘チェチリアが生んだムラート三世が皇帝になり,ヴェネチア(ベネチア)のインテリジェンスとチェチリアの関わりの部分もインテリジェンスの重要性を考えさせられます。

最後に付録として既刊書との関連が記載されています。すくなくとも『海の都の物語―ヴェネツィア共和国の一千年〈上〉』 『海の都の物語〈下〉』『レパントの海戦』『ロードス島攻防記』などを読むと別の楽しみが待っているのではないでしょうか。

posted by まったりな。 at 05:00 | 東京 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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