2009年12月11日

教育内容の変更は違法でない場合

「論語教育」廃止訴訟 保護者側の逆転敗訴確定 最高裁
「論語」を基本にした独自の道徳教育を一方的に廃止したのは不当として,私立江戸川学園取手中・高校の生徒の保護者らが学校側に損害賠償などを求めた訴訟で,最高裁判所は,学校を運営する「江戸川学園」(東京)に賠償を命じた2審東京高裁判決を破棄し保護者側の控訴を棄却したそうです。

最判平21・12・10
学校による生徒募集の際に説明,宣伝された教育内容や指導方法の一部が変更され,これが実施されなくなったことが,親の期待,信頼を損なう違法なものとして不法行為を構成する場合

(学校選択自由の侵害について)
親は,子の将来に対して最も深い関心を持ち,かつ,配慮をすべき立場にある者として,子の教育に対する一定の支配権,すなわち子の教育の自由を有すると認められ,このような親の教育の自由は,主として家庭教育等学校外における教育や学校選択の自由にあらわれるものと考えられる(最大判昭51・5・21)。そして,親の学校選択の自由については,その性質上,特定の学校の選択を強要されたり,これを妨害されたりするなど,学校を選択する際にその侵害が問題となり得るものであって,親が子を入学させる学校を選択する際に考慮した当該学校の教育内容や指導方法(以下,両者を併せて「教育内容等」という。)が子の入学後に変更されたとしても,学校が教育内容等の変更を予定しながら,生徒募集の際にそのことを秘して従来どおりの教育を行う旨説明,宣伝したなどの特段の事情がない限り,親の学校選択の自由が侵害されたものということはできない。本件において,上記特段の事情についての主張立証はなく,上告人が,生徒募集の際に説明,宣伝した教育内容等を被上告人らの子の入学後に変更し,その結果学内に混乱が生じたからといって,被上告人らの学校選択の自由が侵害されたものとは認められない。

(教育内容変更の不法行為の成否)
 親が,学校が生徒募集の際に行った教育内容等についての説明,宣伝により,子にその説明,宣伝どおりの教育が施されるとの期待,信頼を抱いて子を当該学校に入学させたにもかかわらず,その後学校がその教育内容等を変更し,説明,宣伝どおりの教育が実施されなくなった結果,親の上記期待,信頼が損なわれた場合において,上記期待,信頼は,およそ法律上保護される利益に当たらないとして直ちに不法行為の成立を否定することは,子に対しいかなる教育を受けさせるかは親にとって重大な関心事であることや上記期待,信頼の形成が学校側の行為に直接起因することからすると,相当ではない。

 他方,上記期待,信頼は,私法上の権利といい得るような明確な実体を有するものではない。生徒募集の際に説明,宣伝された教育内容等の受け止め方やどこに重きを置くのかは,個々の親によって様々であり,すべての親が常に同じ期待,信頼を抱くものではないし,同様の期待,信頼を抱いた親であっても,ある教育内容等が変更されたことにより,その期待,信頼が損なわれたと感じるか否かは,必ずしも一様とはいえない。そうすると,特定の親が,子の入学後の教育内容等の変更により,自己の抱いていた期待,信頼が損なわれたと感じたからといって,それだけで直ちに上記変更が当該親に対する不法行為を構成するものということはできない。

 また,学校教育における教育内容等の決定は,当該学校の教育理念,生徒の実情,物的設備・施設の設置状況,教師・職員の配置状況,財政事情等の各学校固有の事情のほか,学校教育に関する諸法令や学習指導要領との適合性,社会情勢等,諸般の事情に照らし,全体としての教育的効果や特定の教育内容等の実施の可能性,相当性,必要性等を総合考慮して行われるものであって,上記決定は,学校教育に関する諸法令や学習指導要領の下において,教育専門家であり当該学校の事情にも精通する学校設置者や教師の裁量にゆだねられるべきものと考えられる。そして,教育内容等については,上記諸般の事情の変化をも踏まえ,その教育的効果等の評価,検討が不断に行われるべきであり,従前の教育内容等に対する評価の変化に応じてこれを変更することについても,学校設置者や教師に裁量が認められるべきものと考えられる。

 したがって,学校による生徒募集の際に説明,宣伝された教育内容等の一部が変更され,これが実施されなくなったことが,親の期待,信頼を損なう違法なものとして不法行為を構成するのは,当該学校において生徒が受ける教育全体の中での当該教育内容等の位置付け,当該変更の程度,当該変更の必要性,合理性等の事情に照らし,当該変更が,学校設置者や教師に上記のような裁量が認められることを考慮してもなお,社会通念上是認することができないものと認められる場合に限られるというべきである。

選択的併合において上訴していない部分について審判するかについては最判昭58・4・14を引用して肯定している。

posted by まったりな。 at 12:24 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 法律 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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