2010年06月26日

『聖者の戦い』

ヴェルサイユ行進(10月行進)によりフランス国王ルイ16世をパリに連行し,全国三部会から憲法制定国民議会へと変化したのちヴェルサイユからバリに移動した後から話は始まります。この時期の革命は,穏健なミラボー・ラファイエットら立憲君主制派によって指導されていました。保守系は憲法制定国民議会の右側に陣取り,改革は憲法制定国民議会の左側に陣取ったところから,現在でも保守系を右あるいは右翼,改革派は左あるいは左翼と呼ぶことが定着しました。

話を戻すと,第二身分の帰属は革命の宿敵として勢力を失うことになった。しかし,フランス王国の税制問題は未だに好転しない。こんどは第一身分である聖職者が槍玉に挙げられる。聖職者は,国家(国王)の世俗権力に服せず,ただ天上の神とのみに服従することを盾にその特権身分の確保しようとする。貴族出身のオータン司教シャルル=モーリス・ド・タレーラン=ペリゴールは,第一身分に属しながら教会財産の国有化など反カトリック教会的な政策を推進した(後にローマ教皇ピウス6世から破門される)。一方,第二身分側の旗頭はエクス・アン・プロヴァンス大司教ボワジュランです。これらの議会の対立にさらに軍権とくに宣戦布告権を立法権(国民議会)か執行権(国王政府)かどのように帰属させるかがサブ的な争点としてでてきます。

結局のところ,1790年7月に聖職者基本法が成立し,第一身分は敗北し,聖性は世俗に従属する事になります。また,ジャコバン派が徐々に形作られていきます。ジョルジュ・ジャック・ダントンがロベスピエールの普通選挙の実現を要請する演説に感激する場面やロベスピエールにルイ・アントワーヌ・レオン・ドゥ・サン・ジュストが手紙を送ってきた場面など血生臭いフランス革命への序説になるものといえるでしょう。また,デムーランとロベスピエールの確執などもでてきます。その他,メディアによる世論操作がこの時期にすでに始まっていることが分かります。
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佐藤 賢一

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posted by まったりな。 at 18:16 | 千葉 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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