2010年10月27日

『フイヤン派の野望』

ヴァレンヌ逃亡事件後に革命は混沌としていく。ヴァレンヌ逃亡事件の対応を巡って組織的に革命を推進したジャコバン・クラブ(ジャコバン修道院で集会が行われたとから名がついた)において,ラファイエットやバイイら立憲君主派はジャコバン・クラブから脱退して,89年クラブを創設した。他方で,王制廃止・共和制樹立の呼びかけが公然と始まる。ルドリエ修道院に集合したコルドリエ・クラブを中心とするパリの民衆は,シャン・ド・マルス(練兵場)に国民の祭壇を作り,共和制を要求する陳情書を持ちこんで市民の署名を求めました。

この署名活動などで多数の民衆が参加し騒動は大きくなりました。議会が国民衛兵司令官ラファイエットに出動を要請しました。国民衛兵が非武装の民衆に発砲し,約50人の死者が出ました(シャン・ド・マルスの虐殺)。

この結果,民主派の新聞は発行停止になり,コルドリエ・クラブは閉鎖を命じられることになる。ダントン、マラーらは身の安全を図り,パリから脱出した。議会の回線などにより革命推進派は力を失っていく。一方、フイヤン派は地盤を固め、ブルジョワ支配の体制を作り上げました。彼らは、前述の1791年の憲法を内外の情勢をうまく利用しながら強引に推進して成立させました。

ついで、パルナーヴを中心にしたいわゆる三頭派(デュポール・ラメットらのブルジョア)は,王を議会側に付かせ,議会と王権を妥協させて革命を終わらせようとしてジャコバン・クラブを脱退し,89年クラブと合流します。ここにフイヤン派が結成され,そこを足がかりに立憲王制を打ちたてようとしました。このフイヤン派が抜けた後のジャコバン派は共和主義者の集まりになる。

今回の主人公は路線対立のなかで思い悩むマクシミリアン・フランソワ・マリ・イジドール・ド・ロベスピエールです。まだ王権の復活をもくろむルイ16世は,ピルニッツ宣言に力を受け,フイヤン派を利用して戦争(フランス革命戦争)へと画策していきます。教科書的な表層では理解できないヴァレンヌ事件からフランス革命戦争へのフランスの政治状況がロベスピエールを通じて理解できます。あと,なんか独白調が多いのだけれど慣れてきました。
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posted by まったりな。 at 05:00 | 千葉 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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