2011年04月04日

津波を生き延びた原発作業員,再び仲間がいる「戦場」へ


地震当日の体験談にも驚くけど,厳しい環境で原発への対応を懸命にしている人々がいる。まさにお涙ちょうだいのフジテレビの災害バラエティもどきの報道などかすんでしまう。でも,このようなことにならないように備えることが可能だったとも思える。官邸は通常業務へ移行し,復興が話題に上っている。そのいまこそ緊急時の対応がキチンとなされたかを検証して欲しい。その検証は未来の日本のためであるから。湾岸戦争での日本の意思決定を検証しないようなことでは将来の国民に同じような思いをさせることになる。無責任なマスゴミが緊急時での批判をしているようなことは,死にそうな患者の前で責任のなすりつけあいをするようなもので,まったく意味が無いのである。

posted by まったりな。 at 18:02 | 千葉 | Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
意思 (will) は、未来時制の内容である。
日本語には時制がないので、日本人には意思というものが存在しない。
だから、意思決定もできない。
個人選びが意思決定につながらない。
選挙で選挙民の意思が決定されるものとは考えていない。
何回選挙を繰り返しても、反対派は収まらない。選挙民は相も変わらず歌を詠む。
これは理屈ではないのでエンドレスである。もののあわれか。

日本人には意思がないが、恣意 (self-will) がある。子供・アニマルと同じである。
物事の決着は、構成員の恣意の摺合せにより行われる。
そのための手立てが談合である。
話の筋よりも、その場の気分・雰囲気が大切である。
腹案を成案にまで仕上げて公表する努力も失われがちである。
だから、日本人には談合・根回しが大切で、議論を目的にする議会は形骸化する。
談合・根回しは外国人に通用しない手法であるから、日本は国際社会で孤立しがちである。
我が国の民主主義に魂が抜け落ちているのは、この点である。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812
Posted by noga at 2011年04月05日 08:48
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