1958年,17歳だったラビングさんは,6歳年上のリチャード・ラビング(Richard Loving)さんと結婚した。当時バージニア州では異人種間の結婚が禁止されていたため,2人はワシントンD.C.(Washington D.C.)で結婚し,その後州内で新婚生活を始めた。ところが数日後,保安官が突然訪ねてきて,「白人男性を夫にした」かどでラビングさんを逮捕した。
その後,異人種間の結婚を禁止するバージニア州法が憲法に違反するとして「ラビング対バージニア事件」訴訟で,合衆国最高裁判所は1967年,同法を違憲とした。他の16州でも異人種間の結婚を禁止する法律が見直されることとなった。「分離すれども平等」の原則を憲法修正14条(平等条項,デュープロセス条項)違反として覆した「ブラウン対トピーカ市教育委員会事件」判決(1954年)後も差別が依然として残っていたのですね。
